「描く絵」と「書く文」

BLOG

学生の頃の話。

なんとなく、ファインアート系の間だけで通じている「感覚」みたいなものがあった。その中でよく覚えているのは、文章から感じられるイメージの話。

ある日、感想文を交換してお互いの文章を読み合い、感想を発表する授業があった。同じグループになったのは、奇跡的に同じ専攻の油絵を学ぶ同期ら。おかげで、その時は気楽に授業を受けることができていた。

文章を交換し読み終わったあと、なんだか同じテーマで書いているのに、みんなの文章の雰囲気が違うのが面白いね、内容が違うのはあたりまえだけど、文章から伝わってくるものが違うね、みたいな話になった。

「Eのはなんか『ひだまり』って感じがする!」
「わかる、Eっぽい!」

「Yの文章はなんか『クレヨン』って感じ」
「何それ、子供っぽいってこと〜?」
「ごめん、すごい分かるわ(笑)」

「Hの文章はなんだか、森の奥に静かにある『湖畔』って感じがする」
「うわ、分かる!てかさ、Hの絵もそんな感じよね」

言葉より絵で表現するのが好きな私たちらしく、共感と感覚だけで、いつものように話が盛り上がる。それとも、これは女子特有の会話?

その文章を書いた人に対して、みんなが同じような感覚を抱いているのは、なかなか面白い。また、その人が「描く絵」と「書く文」が、どこか似ているのも不思議だった。

ちなみに、私の文章は「草原」だと言われた。分かる分かる、と連呼する彼女たち曰く、私の文章は「颯爽としている」「風を感じる」らしく、だから「草原」なのだとか。

果たして、このブログを読んでくれている、そこのあなたが、私の文章が「草原」のように感じているか、はたまた「草原」以外にどういうイメージを抱いているのかは知らないけれども。

また、この「感覚」はこれまた不思議なことに、他学部の人に話してみると、意外と理解されないことも多かった。「ちょっと分かんない感覚だなぁ」と。

使っている言葉、言い回し、例え、調子、もしかするとその人が書く文字・字体も関係しているかもしれない。いずれにしても、同じ「日本語」という言語ツールを使っているのに、このような違いが生まれるのは不思議だと思った出来事だった。

error: Content is protected !!
タイトルとURLをコピーしました