大学3年の夏の話。
私は、青森県から日本海側を南下し、故郷佐賀に帰省する、という一人旅をしていた。その途中で、鳥取県に立ち寄った。
鳥取駅に到着したあと、私はその日に泊まる宿まで歩いた。宿は駅から2キロちょっと。到着した宿は、目の目が漁港になっている場所にあった。
宿の中に入ると、タバコを燻らせながら談笑する2人の女性がいた。一人は宿のオーナー、そしてもう一人はオーナーさんの近所に住むという友達だった。
宿のオーナーは、刈り上げたヘアスタイルがとても似合う、かっこいい女性だ。
「今日ね〜、お客さんあなた一人なんだよ〜」
「えっ、そうなんですか」
だから特別に好きな部屋を選んでいいよ、と言われた私は、海が見える窓辺の部屋を選んだ。海から運ばれてくる風がとても心地のいい部屋だった。
お風呂に入ったあと、彼女は「ブドウあるから一緒にどう?」と誘ってくれた。せっかくだから、とブドウを食べながら話をしていると、彼女も旅好きだということが分かり、今まで行った国の話をたくさん話してくれた。
彼女が世界を旅していた時、すごくお世話になった宿のお婆さんがいて、その人やそのような居場所を自分でも作りたい、と思ってこの宿を始めたそうだ。
「なに!?一人で海外行ったことないの?じゃあ来月のタイ行きのチケットとりな。そしたらもう行くだけだよ!いいな〜、私も行きたい〜」
「ええええ、私、もう行くことになってるんですか(笑)」
ちなみに、この後結局タイには行かなかった(金欠)。それでもいつかはタイには行きタイ。彼女はファンキーな見た目とは裏腹に、のんびりとした口調でしゃべる人だ。元来、人見知りの私もそれに気が緩んだのか、
「明日、鳥取砂丘へ日の出を見に行こうと思っているんですけど、一緒に行きません?」
なんて、今考えても自分らしからぬ信じられない提案をしていた。「えー、もう何回も行っているし〜。てかあそこまで歩いていくの〜?」と、彼女は最初、乗り気じゃなかったが
「ん〜、わかった!行こう!明日4時起きね!車出してあげる」
「やったー!」
最終的には私の申し出に付き合ってくれた。優しい。
◇◇◇
午前4時。まだ青白さの残る闇の中、私たちは砂丘の「馬の背」と呼ばれる場所に向かって、ゆっくり歩いていた。靴は砂丘の入り口に置いて来たから、二人とも裸足だ。昼間だったら、裸足で歩くなんてことは絶対できない。砂がめちゃめちゃ熱くなるからだ。
登り切ると、その先に海が見えた。
上を見ると、星がまだ瞬いている。
「あ、宿が見える」
「あらー、あんなに小さく…」
「こりゃ歩くの無理だったね(笑)」
「あそこにさ、クジラみたいな形した島があるでしょ」
「ほんとだ!!」
「ね。小学生の時、カワイイ〜って思ってたんだ〜」
なんて、たわいも無い話をしているうちに朝日が昇ってきた。日の出を待つ間は長く感じたが、昇ってしまえばグングンと日は昇っていき、明るくなるのは早かった。
日の出を見終わったあと、帰りに二人でコンビニに寄って朝ごはんを買い、車の中で食事をした。
「なんか、久しぶりに旅した気分」
「え、近所なのにですか?」
「宿を始めてからさ、あんまり遠出できなくなっちゃったから忘れてたんだけど、「こことは違う場所」に行く楽しさを思い出しちゃった。それがたとえ、近所の鳥取砂丘であってもね」
また旅に出るかも、と言う彼女。次に私がこの宿に泊まる時、彼女は旅に出ていて留守かもしれない。