電車の音

一緒に住む祖父は、電車のことを「汽車」と言う時代の人だった。

「ほら、汽車の通いよるばい」と祖父は言う。

もちろん、私が生まれた時代は「電車」が通っている時代である。実家の近くの線路を電車が通る時、祖父と一緒に眺めていた記憶がある。私は、近年よく聞く鉄道マニア・オタクと言うワケではないが、電車が近くにある生活環境の中育ったので、電車を見たり乗ったりするのが好きである。

◇◇◇

電車の音|episode1

家の前に横たわっている線路は、実は小学生になるまで、歩いて渡ったことがなかった。親が運転する車に乗った時しか、その線路を渡ることはなかったので、歩いてそこを渡るなんて、と、登校初日はドキドキしたことを覚えている。

線路から「こっち」側は私のよく知る世界で、安心できる場所だが、線路から「あっち」側は私のよく知らない世界で、ワクワクと不安が同時に存在している。

当時の小さな私の「世界」というのは、家の周辺とものすごく限られていたので、「線路を越えてあっちがわへ行く」ということは、私にとって新しい世界に行くような感覚だったのだ。

初めて渡る線路は、何でもかんでもビビってしまう。渡っている最中に「カンカンカンカン」と音が鳴り出すと、もう心臓が飛び上がってしまって、猛ダッシュで逃げる。

さらに、電車が通るのを待っている時の大きな音といったら!静かな田舎で育った小学生の敏感な耳からしたら、かなりの爆音だ。毎回、電車が通り過ぎるまで耳を押さえてやり過ごしていた。

あと、当たり前だが電車って大きい。目の前を巨大な鉄の塊がすごいスピードで通り過ぎてくのはなかなか恐ろしいもので。しかも、電車は斜めに傾きながら走り去るのだ。たまに電車とホームの隙間が大きく開いているところがあると思うのだが、そういう感じである。

そばで見ている小学生の私からすると、「いつかこっちに倒れてくるんじゃないか」と、ただただ恐怖。そんな「もしも」のために、いつでもダッシュして逃げれるよう身構えていた。

◇◇◇

電車の音|episode2

小学1年生の時、部落(=地区のこと)ごとで上級生と下級生は一緒に登校するのが慣しだった。私をお世話してくれたのは、全国大会行くレベルで足の速いお姉さんだった。

私が小学1年生の時、彼女はすでに5年生で、一緒に学校に通った期間は2年間だけだが、彼女のことは今でも記憶に残っている。

とりあえず、もうなんでもかっこよくて、小学1年生の私からすると憧れのお姉さんだった。前述したように、足が速いから運動会のリレーでは男子に混じってアンカーやったり、ごぼう抜きしちゃったり。

長い通学路(家から山の上にある小学校まで大体2kmぐらい)の途中にある坂道で、疲れたねって言って、登校中にチョコレートを食べていて、なんだか校則にちょっと反抗的なところもカッコいいと思っていた。

私が速く走れるようになりたいと言うと、走るコツを教えてもらいながら登校したこともあった。

下校途中にたまたま見かけて走り寄った時は、嫌な顔一つせず、「ランドセルおふたかろ?持ってあぐっけんかしてんしゃい」と言って持ってくれる、面倒見のいい人だった。

朝、登校中に線路をいつものように渡っていたら、なぜか電車の車輪が通っているあの溝に足が挟まってしまった。小学生の小さい足だと、足を横にした時うまくはまるのだろうか。なぜ挟まることになったのか覚えていないが、とりあえず抜けなくなった。

しかもバッドタイミングもいいところ、

カンカンカンカン

と音が鳴り出した。一気に血の気が引いて死を意識した。遮断機が下りてきて、いよいよヤバい状況に。お姉さんがものすごい速さで走って戻ってきた。

挟まっていた足を「スポンっ」て抜いてくれて(なんであんなに抜けなかったのに簡単に抜けたとやろ…)、そのまま私を抱っこして線路の外へ脱出。危機一髪。

そんなカッコイイ彼女は今、何をしてるのだろうか。

◇◇◇

電車の音|episode3

時間を進めること中学三年の高校受験。田舎から出たくて、佐賀市内にある高校を受験し、無事に合格することができた。私は電車通学になった。

電車の音を遮断機の外から聞くことも、私の耳にはかなりの騒音だったが、電車の中にいるのも、当時の私にとってそれはかなりの騒音で堪え難かった。

こんな音を聞きながら毎日通学しなければいけないなんて、耳がおかしくなりそう。というか、こんな騒音かましている車内でイヤホンつけて音楽を聞いている人の耳、一体どうなってんだ?

でも良いことなのか悪いことなのか、だんだんその音にも慣れてきて(鈍ってきて?)、電車の音が心地よく感じるようになって来た。

特に、心地よく聞こえるのは午後2時の電車だ。

土日の部活帰りとかで使う時間帯。緩やかな昼時は、気持ち的にも心地よく感じやすくなる。人も全然乗っていない、田舎ならではの空電車。「ガタンゴトン」という音と田んぼの中を走る電車はとても絵になる。

◇◇◇

乗るたびにこう、幼少期からの思い出が蘇ってくるのだから、自分の人生の中で電車の存在は、意外と大きいのかもしれない。

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