「辰砂」は鉱物の名前であり、かつ色の名前としても呼ばれます。
色としての辰砂はまた、以下のように呼ばれることもあります。
「Cinnabar:シナバー 」
「Vermilion:バーミリオン」
また、日本では「辰砂」の他、
「朱色」
「丹|に」
「丹生|にゅう」
「丹砂|たんさ」
「朱砂|しゅしゃ」
などの呼び方があります。
鉱物の色を指して「辰砂」とだったり、しかし辰砂のような朱色の「顔料」だと他の呼び方になったり…。様々な呼ばれ方があり、少し混乱しますね。
ちなみに「Cinnabar」はギリシャ語の「Kinnaberis:赤い絵の具」が語源とも。
また、油絵を描いている人からすると、硫黄と水銀から作られる人工顔料の「銀朱」、「Vermilion」の方が親しみがあるかもしれないですね。
1|鉱物としての辰砂
辰砂の主成分は硫化水銀。水銀からできています。
上の写真の辰砂は、深紅色でちょっと透明感がある部分も見えます。辰砂は別名「賢者の石」とも呼ばれ、確かにこんなのが地中から出てきたら、そう呼びたくなる気持ちもわかります…。
2|赤の絵具としての辰砂
鉱物の辰砂を砕いて絵の具を作っている動画がありました。
冒頭の、辰砂をカナヅチでカンカンと砕いていく工程を見ると、かなり硬そう。
3|色褪せない赤
上の絵巻の赤色の顔料には、鉱物の辰砂を砕いた天然の顔料が使われています。
約150年前に制作されたらしいですが、赤い辰砂の発色は変わらず美しいままです。まったく色褪せていませんね!
辰砂の産地
「辰砂」が採れる産地は、主にスペインと中国。
また、今は閉山しているところが多いですが、日本にも鉱床があったようです。
1|アルマデン(スペイン)
アルマデンはスペインにある鉱山。
ちなみに「アルマデン」はアラビア語の「المعدن:鉱山」に由来します。
アルマデン には豊富な「水銀」の鉱床があり、生産は古代ローマ時代まで遡るかも…と言われています。特に、大航海時代からのスペイン帝国によるラテンアメリカの植民地支配の時代(16世紀ごろ)は、ラテンアメリカで採れた「銀」の精錬に「水銀」は必要不可欠な存在でした。
2000年ごろ、水銀の需要が減ったため閉山してしまいましたが、現在でも水銀の埋蔵量は世界一なんだとか。また、アルマデンは世界遺産となり「MINING PARK OF ALMADÉN」は観光地になっています。ここでは、鉱山の見学ができるみたいです。
こぼれ話
当時スペインの王は、ラテンアメリカで「銀」が採れることに注目していましたが、同時にコチニールと呼ばれる小さな虫にも目をつけます。この虫は「臙脂色」という赤を作り出す染料になります。後に先住民の人々が持つ染色の技術とコチニール虫の生産も大きくなっていきました。
2|辰州(現在の中国湖南省や貴州省)
ここで「辰砂」の名前の由来がわかりますね。
「辰」の字には「赤い」の意味はないのですが、辰砂がたくさん採れる「辰州」が由来のようです。ここ湖南省や貴州省は、ミャオ族などの民族が多くいることで知られています。
17世紀以前は未開の土地だったのですが、四川の商人が偶然にもここで辰砂を発見した、と言われています。
3|昔の日本の水銀鉱山
伊勢国丹生(三重県)
大和水銀鉱山(奈良県)
吉野川上流
水井(徳島県)
などが、古来の日本の水銀の産地でした。現在は、大分県・熊本県・奈良県・徳島県などで産出していると聞きます。水銀鉱床は日本各地にありますが、主に西日本に多く、その鉱床は中央構造線という断層のラインに沿っています。
辰砂にまつわる歴史
辰砂が使われ始めたのは、ざっくり紀元前2000年と言われています。
古代ローマ、古代エジプト、古代中国あたりの時代です。
ところで、英語の「Mine:鉱山」「Mineral:鉱物」は、「水銀鉱山:Miniaria」という意味のラテン語から派生しているようです。紀元前2000年も前から使われてきた色であることが、このことからなんとなく推測できそうな気がしますね。
1|縁起のいい色として
中国では、早くから水銀と硫黄から朱色を作り出す技術があり、7世紀ごろにはヨーロッパ社会に伝わったと言われています。
古来中国から、赤は幸運を示す縁起のいい色とされています。中国のイメージカラーといえば、大体の人は朱色のような鮮やかな赤(つまりは辰砂)を連想する人が多いと思います。
下の動画は、「彫漆:ちょうしつ」という、中国独特の伝統工芸品がメトロポリタン美術館で展示された時のもの(2017年)。これでもか!というくらい、赤いですね。
顔料としての辰砂が使われているわけではありませんが、ここでは「漆」を使って辰砂の色に色付けしていますね。
2|不老不死の薬として飲んじゃった
Qinshihuang
中国でも「辰砂」は赤の顔料として使われていましたが、薬としても使われていました。
何の薬かというと、上の動画でも言っていましたが、「辰砂」などの硫化水銀は、その見た目から「不老不死(または仙人になれる)」の「霊薬(仙丹)」の原料だと信じられていました。ちなみに、「丹」は「赤」を意味します。
特に中国・唐の時代、皇帝らはこれを愛飲していたみたいですが、ご存知の通り、水銀は人体にとって有害。「不老不死」になるために飲んでいたのに、水銀で中毒を起こし、若くして命を落とした権力者が多くいた、と中国の古い書物に書かれているみたいです。
3|錬金術師の夢「賢者の石」
Joseph Wright of Derby《The Alchemist Discovering Phosphorus》(1771)
諸説ありますが、一般的に「賢者の石」とは、中世の錬金術師が考えた「卑金属を金などの貴金属に変えたり、不老不死になれる」というもの。不老不死を目指すところは、中国の「霊薬(仙丹)」と似ていますね。
見た目に関しては色々と諸説ありますが、アラビアでは黄色だったり、ヨーロッパでは赤い石とされていたり…。辰砂の見た目がそんな感じなのこともあり、別名が「賢者の石」と言わてきたのかもしれません。
4|魔除けの赤
日本でも、弥生時代あたりから赤の顔料として辰砂が使われてきました。有名どころは「高松塚古墳壁画」ではないでしょうか。岩絵具の原料として辰砂が使われています。
高松塚古墳壁画 西壁女子群像
また、顔料としてだけではなく、宗教的な意味合いを持たせた赤としても使われています。
赤い鳥居
「辰砂(丹・朱色)」には、魔除けの効果があるとされ、辰砂の色を鳥居や橋の欄干などに塗られました(丹塗り)。
魔除けとして「朱(丹・辰砂)」が使われたとされていますが、実は一種の防腐剤の役目も果たしていました。硫黄と水銀を原料に作られる辰砂は、毒性も強いのです。いわゆる、「毒を持って魔を避ける」と考えられていたようです。
5|「丹」のつく地名の謎
冒頭の方でも書いたように「辰砂」には
「丹|に」
「丹生|にゅう」
「丹砂|たんさ」
という別名があります。
さらに、日本地図を見ると「丹」のつく地名が各地にあります。
これは、弥生〜古墳時代にかけて活躍した、渡来系の一族「丹生氏」が由来となってるようです。丹生氏は、朱色を作る技術を伝え、辰砂が採掘できるところを求めて移動しました。地名に「丹」がつく場所は、かつて辰砂が産出したり、また丹生氏を祀った神社も多くあるのです。
そして、先ほども出てきた中央構造線。
面白いことに、水銀鉱床がこのラインに沿って分布しているだけでなく、日本有数の神社(諏訪大社や伊勢神宮など)や、「丹」のつく地名も、だいたいこのラインに沿って分布しています。
歴史という「縦」の視点からだけでなく、地学や地理といった「横」の視点から見ると、また面白い発見がある。