約半年間の机・椅子なし生活後、机・椅子を使ったら

約半年間、机と椅子がない生活を送った。

これは、当たり前のモノがない生活を送った半年後に、もう一度それを使ってみると、ありがたさと感動を体験した、ただそれだけのしょうもない話だ。

また、最初に言っておくが、机と椅子がないのは不可抗力だった。

大学卒業後、お金を節約しなければ!と一生懸命だった私は、破格の家賃&共益費のシェアハウスに住むことに…。そこは、例えるなら個室のネットカフェ(行ったことないけど)だ。

「Sサイズ」のベットのさらに下の「スモールS」なんていうベットサイズのマットレスと、約50cmくらいの幅があるだけの空間。机・椅子を置く場所は、最初からなかったのだ。ちなみに、付け加えておくと、シャワー・キッチン・冷蔵庫・ケトル・電子レンジ・洗濯機・トイレは共同だ。

そこで約半年間過ごした。

仕事もそこでやった。どうやってリモートワークをしていたかというと、そのまま、ベットに座って太モモの上にパソコンを置いて作業していた。仕事は普通にできていたが、身体は毎日ガチガチだ。

その他、絵を描くときも、ご飯を食べるのも、Netflixを見るのも、noteを書くときも、全てベットの上で済ませた。

なんか、この生活をやり切ったために、どこででも生きていけそうな気がするのは気のせいだろうか。

ただ、全ての生活をベットの上で済ませるので、「生活空間」をセパレーションできていない状態だ。

「生活空間」は、一つではない。

「キッチン=料理する場所」みたいに、「ベット=寝る場所」だ。そのため、どうしても集中力が拡散している状態になることが多かった。

最近、家賃を奮発して広い場所へ引っ越した。「スモールSサイズのベットと50cmの隙間の空間」と比べると、どこも広く見えるのは当たり前だが。念願の(?笑)机と椅子が部屋に設置されてある(今度もまた)シェアハウスだ。

そこで約半年ぶりに机に向かって、椅子に座ったら、とにかくめちゃくちゃ快適だった(笑)

机と椅子って、自然と背筋が伸びる構造にしているのだろうか。机と椅子を使用すると、それ以外の空間が目に入らないから、目の前の作業に集中できる。

いや、ほんてすみませんね、めちゃくちゃ当たり前のことを言っとる。しかし、半年の間、机と椅子から離れていた人間からすると、こんなに快適な「道具」を作った人、すごいなぁ、と純粋に感動する。

初めて蒸気船を見て「すごいのが来たぞ…!」と、江戸時代の人の気分。はたまた、砂漠で水を求めて彷徨っていた人が、オアシスを見つけて「うわぁ…!」と言葉にできない感動と快適さを味わっている気分。

この感動は、これからも忘れないと思うね(笑)

シェアハウスに設置してある机と椅子は、快適とはいえ、「半年間机椅子なし生活した私」が言っていることなので、「めっちゃ快適なんや!」と、鵜呑みにはしないでほしい(いや普通はしないか)。

机は小さな引き出しが一つあるだけで、天板もそんなに大きくない。パソコンと小物を置いたらもう一杯。椅子も簡易なもので、折りたたみタイプの背もたれがないものだ。だが、机は狭い分、きちんと片付けるし、椅子も背もたれがない分、自然と背が伸びる(気がする)。何事もいい方向に考えている。だって、あの空間で生きてこれたのだから。

ふと思い出した話、ある大学のデザイン科では、まず最初に「椅子のデザインを確か100個考える」という課題を出されるそうだ。

それくらい、身体と生活にシンプルに関わる「道具」だが、シンプルな「道具」ほどデザインするのは難しそうだ。

「座る」っていう行為をつい考えちゃう。生きている間、ずっと立ちっぱなしの人はいないだろうし。マンモスを追いかけていた時代も、休憩がてらに「何か」に腰かけていたであろうことが想像できる…

以上、当たり前のモノがない生活を送った半年後に、もう一度それを使ってみると、ありがたさと感動を体験した話でした。強くおすすめはしませんし、むしろおすすめしませんが、目の前にある「当たり前」のことを考える、きっかけくらいにはなると思います。

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