朝のコンビニでの出来事。
外から鳩が飛び込んできた。
翼をバサバサさせながら右往左往する鳩。
そのまま鳩はイートインスペースへ飛び込んでいったので、朝ごはんを食べるサラリーマンらしき人々が「うわぁっ!」と声を上げる。
その突然の出来事に、私はその場に凍りついたまま、ことの成り行きを見ていた。そこにいる私を含めた客も店員も、コンビニの外で傘を畳んでいた人も、突然のその光景に驚いていた。
鳩はすぐに扉から出て行った。
「コンビニに普通、鳩はいない」という日常の中に、異質なモノが飛び込んできたこと、目が醒めるような光景だった。
鳩なんて、そこら辺テクテク歩いているのに
「場所が変わるだけで、なんて存在感なんだろう」
と、正直なところちょっと感動した。
ただ鳩が飛び込んできてびっくりしたというお話なのだが、なぜ私は「驚いた」のだろうか。
人間以外の動物がいるから?でも、食品となった動植物(もう息絶えているが)がいるし、たまに盲導犬もいる。
その場らしからぬ予測不能な動きをするから?ちょっと当てはまるかも。鳩がテクテクと歩いて店内に入ってきても、多少「おお、」とびっくりするけど。
私にとって「コンビニ」は日常世界だ。田舎で生きた少女時代は、コンビニは非日常的な場所だった。コンビニに買い物に行くことは、ちょっとしたイベントみたいな感じだ。
上京したことで、いつの間にか「コンビニに行くこと」が繰り返され、日常の中に入り込んできていた。多分、鳩が繰り返し入ってくると、それも日常になるのだろう。
日常というのは「繰り返し」のことで、非日常的なことは「アクセント」。その「アクセント」を偶然、私は味わって、コンビニを出たあともちょっとした高揚感みたいなモノに包まれていた。