「音楽に歌詞がある意味がわからないんだよね」
昔付き合っていた彼氏が、車を運転しながら言った。彼は高校から音楽をずっとやっていて、特にクラシックが大好きだった。
「なんで?やっぱりクラシックやってるからそう思うの?」
助手席に座った私は、素直な疑問を投げかけてみた。
「それもあるかも。でもさ、音だけで伝わるのに、なんで言葉もそえるのかなって思うんだよね」
「ふーん」
普通に歌詞のある音楽が好きな私は、その意味がよく分からなかった。
「音にことばを沿えることで、より伝わるのんじゃないの?」
「うーん、それもそうなんだけど…」
考えている彼の横顔を見ながら、私もちょっと考えてみる。でもイマイチ、ピンとこない。すると、彼が口を開いた。
「より伝わればいいってだけじゃない思うんだよね…ことばがないからこそ、より心に響くこともあるんじゃないかと思う」
◇◇◇
あの頃は「クラシックが身近にある人」の高貴な意見だと思っていた。
大学を卒業した後、画家を目指して絵を描くフリーターになった。フルタイムのバイトで、一日中パソコンと睨めっこして、流れ込んでくる情報と格闘した後は、頭がぼんやりする。
ある日の帰り道、家に帰ってから気持ちよく絵描きの作業を始められるように、気分を上げようと無難なポップスでも聴こうとイヤホンを耳に突っ込んだが、できなかった。
埋め尽くされた頭の中に流れ込んでくる歌詞が邪魔だと思ってしまい、イヤホンをすぐ外した。
その時なぜか、彼と話したあのシーンが蘇ってきて、クラシック(なのか分からないけど、ピアノ伴奏)を聞いてみた。
すると、頭の中に空白ができた。
その時間は、流れてくる「音」だけを感じ、「音」だけに身をまかせていればよかった。
そこには、確かに歌詞という言葉なんていらなかった。
「うわ〜、こういうことか〜!ちくしょう〜!」
何が「ちくしょう」なのか分からないが、変に納得しながら、家路を急いだ。