幼稚園生の時、毎月誕生日の子が前に出てお祝いをするイベント「おたんじょうびしゅうかい」があった。
ケーキを食べるとかそんな洒落たイベントじゃないけど、みんなの前に立ってマイクを持ち、自分の将来の夢とかを発表する。そのあと、みんなから拍手があって、なんだか特別感を感じる。それを味わいたくて、誕生日を迎えることが密かな楽しみでもあった。
誕生日の月の子は、自分の将来の夢や好きな食べ物などを記録した本を作ってもらえる。
3歳になろうとしていた私は、「すきなたべもの」の欄に「とまと」と書いてもらった(まだ文字がかけなかったので、先生に代筆してもらっていたのだ)。
実は、当時の私はトマトがそんなに好きじゃなかった。
他の子が「イチゴ!」とか「リンゴ!」とか、カワイイ食べ物をあげていて、自分もカワイイ食べ物を好きになりたいと思った私は、
「赤か食べもんやっぎ、なんでん可愛いかかもしれん!」
と、考えた。先生に「好きな食べもんは?」と聞かれた私は、「赤い食べ物、赤い食べ物…」と一瞬考えて、小さな声で「トマト」と答えたのだった(当時からかなりシャイ)。
家に帰って、親に「好きな食べもんは何にしたとね?」と聞かれた。トマトにした、と言うと、
「えー?(笑)ほんてトマト好いとると?」
と聞かれ、反射的に
「好いとるて!うち、ほんてトマト好きて!!」
と、かなり強く好きだと答えてしまった。
やばいことになった。「おたんじょうびしゅうかい」までに、トマトを好きにならねばならない。ウソをつくのはいけない事だと、ばか正直に自覚していた私は焦った。
幸い、8月生まれの子は9月になってから、9月生まれの子と一緒に祝ってもらえる。まだ時間はある。
それまでにトマトを好きにならねばならない。
もう後に引き返せない、と決意した私は、夏の間ずっとトマトを食べた。家の畑で祖父母がトマトを栽培しているので、夏の間は次から次へとトマトができる。私がたくさん食べるから、次から次へとトマトは収穫され、食卓へのぼった。
8月31日
なんと、いつのまにかトマトが本当に好きになっていた。もともと、トマトとの相性がよかったのだろう(なんだトマトとの相性って)。ちなみに、トマトはドレッシングなど何もかけないで、そのまま食べるのが好きだ。
明日の9月1日の「おたんじょうびしゅうかい」は、堂々とみんなの前で「好きな食べ物はトマトです」と言えそうだ。
安堵した。というか、むしろその時は「私はトマトが好き」なのは当然のことだから、何を安堵する必要がある?と思うまでに成熟していた。
暗示というのは意外と効果があるものだ。なんでも好きになる必要はないが、食わず嫌いはよくないな、と学んだ20年前の8月31日の話。