私には小学生の従兄弟、Yくんがいる。
そのYくんについて、母親であるYちゃん(=私の叔母)から、子育てについての相談をよくされる。私は、子供もいないし、フリーターだし、何も参考にならない部分の方が多いと思うけど、「子供の時、こうしてほしかった、ああしてほしくなかった」みたいな、話せることを話したりしている。
最近は、「ゲームの時間制限を設けるべきか否か」で悩んでいるみたいだったが、今回は「進路」で悩んでいるようだった。
正直言って、私が小学生の時、毎日生きることしか考えていなかったと思う。将来どうしたいかなんて、考える暇もないくらい、忙しく遊んで、学校に行って、の繰り返しの日々だった。
田舎なので、中学校はそのまま地元のみんなが進学する、普通の公立の中学校に進学するだけだったし。自分の進路なんて、たぶん、高校受験あたりでようやく考え出したと思う。
しかし、進路ってびっくりするぐらい親と意見が合わないことの方が多い。進路を決める時は、親と必ずバトルし、最近は大学卒業後の進路でもバトルした。これからも、すると思う。
その度に、どちらかが折れなきゃいけない。それは私の方だったり親の方だったりする。でも、ぶつかり合える分、まだマシなのかもしれない。
学生の時、友人から聞いた話がある。
それが「子供は親を裏切る生き物」だ。
親は、自分の理想のルートを子供に歩ませようとする。それはただ単に苦労してほしくないからとか、世間の目を気にしてとか、色んな気持ちから湧き出てきている願いだと思う。
そういう願いを無視して(無視しているわけでもないと思うけど)、子供は親の願いとは別のルートを行こうとする。そこで毎回バトルが勃発するわけだ。
ぶつかるのはいいが、いったん体裁を整えるためだけに、どちらかが、自分の心や考え何もかもを我慢すると、長い目で見たときに、精神的に不健康だと思う。
親も子供も、どちらも振り回すだけ振り回して、ぶつかって、理解しあって、落ち着く場所に着地できれば、一番精神的に健康なんじゃないか?と話していた。これは時間もかかるし労力もかかるわけだが、長い目でみたときに、一番後悔が少ないのかもしれない。
ということを、Yちゃんに話すと「その考えがあると、ちょっと楽になれるね」と話していた。
私も、この考え方を知ってから、親を裏切るような進路を選択した自分への罪悪感は少し消えた。大学に行くなら教職をとれと言われて「イヤだ」とはねつけ、公務員か会社員になれと言われて「イヤだ」と、そのほか色んなことをはねつけてきた(ごめんなさい)。
「親が指示してくれた考えや進路も大事だけど、結局は親も他人。私の人生の責任は負ってくれないし、負わせたくないから、自分の人生は自分の意思と責任で作っていかなきゃな〜」と、楽になった。
どんなことが待ち受けているかわからないけど、Yくん・Yちゃん・Yちゃんの旦那さんの行先が、不安も含みつつ楽しみでもある。