小学校の学級園での記憶。
私が通っていた小学校は山の上にあり、森に囲まれていた。1学年1クラス。田舎の小さな小学校。
学級園の6つの区画に区切られた畑では、各学年で毎年色んな植物を育てていた。
ある時期の私の日課は、放課後に学級園によって帰ることだった。植物の水やりにハマっていたのだ。特に、一人で水やりをすることにこだわっていて、「私だけがこの畑の植物たちの成長を知っている!」という、謎の優越感に浸っていた。
「水やり係」だったかというと、実はその記憶はあまりなく、もしかしたら、自分から毎日帰り際に水やりをしていたのかもしれない。
放課後、一人で水やりをしていると、学校の校庭から学童保育の子たちが遊んでいる声が聞こえてくる。何となく誰なのか分かっちゃうくらいの、全校生徒100人ちょっとの小さな小学校。学年が違っても、いやでもみんな顔見知りになってしまう。
それよりも。私の頭の中は水やりのことでいっぱいだった。水をやらなきゃいけない植物はたくさんあって、ジョウロ一回では全然足りない。少なくとも、二回は水道まで水を汲みに行く必要がある。
一人で黙々とこの作業をやるのは、楽しい時間だった。昼間の暑い日差しの中、いっぱいに喉を乾かした状態の植物たち。ジョウロで水をあげると、白っぽい土が濃い色に変わっていくのをみるのが面白い。地面に水が吸い込まれていく。ゴクゴクと植物たちが喉を鳴らして飲んでいる…そんなふうに見えていた。
自ずと、自分も喉が乾いてくる。ただ、水筒には、長い長い帰り道で飲む分を残しておかなくてはいけない。だから、ここで飲むのは我慢する。
◇◇◇
一度、誰もみていないこといいことに、バレリーナのマネみたいなことをしながら水やりをしていた。
クルクル回ると、ジョウロから出てくる水もクルクルと地面に描かれる。楽しくて楽しくて、調子にのった私はジョウロを上に振り上げた。
瞬間、案の定、水をまんまかぶることになった。
◇◇◇
畑関係の記憶でもう一つ。
小学校には、学級園とは他に学校園なるものがあった。
学校園は、山の斜面に作られた段々畑で、そこでは毎年、芋を育てていた。秋になると、全学年で収穫する。収穫した芋は、小学校併設の給食室へ届け、その日の給食の献立に使ってもらうのだった。
しかし、山から下りてくるイノシシや森の動物に畑が食い荒らされ、半分だけになった芋が転がっているのもよく見かける光景だった。
しかし、聞く話によると、下の妹が小学生の時は、弱い電流が流れる柵ができたとか。その頃、すでに小学校を卒業していた私にとって、その情報はどうでもいいことだったけれども、あの歯形のついた芋はもう見れないのだろうか、と少し気になるのだった。